① まだ見ぬ景色を共に探す
― なぜ人は、挑戦する前に立ち止まってしまうのか ―
人は、挑戦する前に立ち止まる。
やる前から判断し、やらない理由を探し始める。
失敗したらどうしよう。
向いていなかったらどうしよう。
変わっていると思われたらどうしよう。
本当はまだ何も起きていないのに、
頭の中ではすでに「失敗した自分」が完成している。
多くの場合、それは
実際に起こるかどうか分からないリスクに対するビリーフだ。
僕の人生観では、
成功か失敗かは50-50だと思っている。
打率や確率、データの話をすれば細かく分けられる。
でも、結果という意味では、
成功か失敗かの二つしかない。
そもそも、
僕には「失敗」という感覚があまりない。
唯一の失敗があるとすれば、
やらなかったことだ。
着想したのに、
「変わっていると思われるかも」と躊躇したこと。
好きなことに手を伸ばす前に、
周囲の目を気にして引っ込めたこと。
告白しなかったこと。
踏み出さなかったこと。
後になって残るのは、
結果ではなく、
やらなかったという事実だった。
そこには、必ずドリームキラーがいる。
それは遠くの誰かではない。
多くの場合、身近な人だ。
「やめておいた方がいい」
「失敗したらどうするの」
「現実を見なさい」
心配という顔をして、
挑戦を止める言葉が投げられる。
でもそれは、
相手の不安であって、
あなたの未来ではない。
行ってみて感じることがある。
やってみて初めて分かることがある。
まだ見ぬ景色は、
想像の中には存在しない。
② 大舞台でこそ大胆に
― 本番で人が小さくなる、本当の理由 ―
本番になると、
人は急に小さくなる。
練習ではできていたことが、
試合ではできなくなる。
でも、
プレー中に心が揺れているわけではない。
揺れは、
インターバルで起きている。
プレーが止まった瞬間。
待っている時間。
次の出番までの間。
人はそこで考え始める。
失敗したらどうしよう。
さっきのプレー、まずかったかもしれない。
次はうまくやらないと。
インターバルタイムは、
競技によっては
試合全体の70〜80%を占める。
ゴルフなどでは、
90%近くがインターバルだ。
つまり、
試合の大半は、考える時間だ。
だから、
練習と試合で
やることは本来変わらない。
いつその場面が来てもいいように、
イメージを豊富に持っておく。
どんな状況でも、
自分がどう在るかを
事前に思い描いておく。
大舞台で大胆に振る舞える人は、
特別な精神力を持っているわけではない。
インターバルで、
自分と対話できるだけだ。
③ 人は、どうやって挑戦しなくなるのか
― 幼少期に刷り込まれたビヘイビアの話 ―
人は、生まれつき挑戦しないわけではない。
幼少期、
人は何度も失敗しながら学ぶ。
転び、壊し、間違え、
それでもまたやろうとする。
ところが、
成長の過程で刷り込まれていく。
変わったことをすると悪。
失敗してはいけない。
あれもダメ、これもダメ。
子どもは察するのが得意だ。
空気を読み、
期待を外さないようにし、
怒られない選択をする。
その結果、
何もしないことが最も安全な行動になる。
そうして染みついたビヘイビアは、
指導力や励ましだけで
簡単に変えられるものではない。
④ 存在にフォーカスする
― 結果で評価される世界で、何を手放さないか ―
結果が出なければ、
評価されない。
それは事実だ。
でも、
結果がどうであっても、
自分の存在は変わらない。
誰かの子であり、
誰かのパートナーであり、
誰かの仲間だ。
もし、
自分しかいない。
逃げられない。
そんな場面に立たされたら、
心の中で
「よし、来た」
と言ってみてほしい。
その瞬間こそ、
普段やってきた
イメージトレーニングや感謝のワークが
活きるときだ。
お世話になった人。
ここまでやってきたこと。
この場に立っているという事実。
それらを思い出す。
試されるのは、
技術ではない。
自分と対話できるかどうかだ。
⑤ 何を為そうとして、何を為したのか
― 結果のあとに、静かに残る問い ―
結果は重い。
勝ったか、負けたか。
届いたか、届かなかったか。
でもこの問いは、
時間が経ってからしか立てられない。
何を為そうとして、
何を為したのか。
金メダルを目指した。
結果は銀メダルだった。
それでも、
世界の舞台で戦い抜いた事実は残る。
プロ野球選手を目指した。
別の道に進んだ。
それでも、
野球に人生を賭けた時間は消えない。
成功か失敗かは50-50。
でも人生は二択じゃない。
⑥ やってみて、初めて分かること
― 想定と現実のあいだで起きること ―
やる前には、
いくらでも想定できる。
でも、
体験は想定を超えてくる。
土地には土地の文化がある。
場所を変えると、
価値観が変わる。
反対された場所ほど、
同じ志を持った
稀有な人たちと出会うことがある。
そこで感じる喜びと開放感は、
行ってみた人にしか分からない。
⑦ 一人では、越えられなかった
― サハラマラソンで知ったこと ―
2014年4月。
サハラマラソンに出た。
1週間で250km。
すべてを背負って走る。
初日で熱中症になり、
翌日、砂漠の真ん中で水が尽きた。
そのとき、
通り過ぎた日本人ランナーから
水をもらった。
涙をこらえながら飲んだ。
人は、一人では生きていけない。
スポーツ選手も同じだ。
サポートチームだけでなく、
道中で関わるすべての人が
欠けてはいけない。
⑧ 僕のコーチとしての立ち位置
― どんな状態でも、味方でいるという選択 ―
僕は、人を変えにいかない。
代わりに決めない。
代わりに背負わない。
でも、
一人にしないことはできる。
こうした関わり方を、
僕はコーチとして続けている。
特別なことはしていない。
ただ、
どんな状態でも味方でいる。
必要な人がいれば、
それでいいと思っている。
もし、この文章を読んで
どこか引っかかるものがあるなら、
それは、あなた自身の経験かもしれません。
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福岡正一が大切にしている、5つの視点
― 競技・指導・人生に共通する在り方 ―
結果や正解を求める前に、
人がどこに立ち、どう在るか。
そのことを、5つの視点から綴っています。
① まだ見ぬ景色を共に探す
結果や正解ではなく、「共に在る姿勢」について書いています。
② 大舞台でこそ大胆に!!
緊張や恐れを消すのではなく、引き受けた上で立つ在り方について。
③ 選手の存在にフォーカスする
評価や結果の前に、存在そのものを見るという視点。
④ 指導者の実存的変容
指導法や正解ではなく、指導者自身の在り方が静かに変わっていく瞬間について。
⑤ 大一番でチャレンジできるかどうかは
幼少期の過ごし方で決まる
幼少期の体験が、大人になってからの挑戦にどうつながるか。
これらは、順番に読む必要はありません。
今、気になるものから辿ってみてください。

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