― エンジンの掛け方の違い
競争、competition の語源は
「共に探求する」という意味を持つ
ラテン語 com と petere が
合わさったものだと言われている。
私たちはこの意味を、
日常やスポーツの現場で
どれほど意識しているだろうか。
競争という言葉は多くの場合、
相手を打ち負かすこと、
勝ち負けを決めることとして使われる。
心理学者チクセントミハイは、
競争が「相手を打ち負かすこと」そのものに
焦点化された瞬間、
人は本来の成長や没入から
離れていくことを示唆している。
スポーツメンタルの現場でも、
この構造はよく見られる。
「絶対にあいつには負けたくない」
「勝たなければ意味がない」
その気持ち自体が
悪いわけではない。
ただ、その意識が強くなりすぎると、
選手の視線は次第に
自分の内側ではなく、
相手や結果へと固定されていく。
本来、競争相手とは
敵ではない。
競技の技能を競い合うことで、
相手と共に
「今の自分はどこに立っているのか」
「何が通用して、何が足りないのか」
を探求させてくれる存在だ。
ところが、競争相手が
「打ち負かすべき存在」
「倒さなければならない敵」
に変わった瞬間、
スポーツメンタルは静かに崩れ始める。
結果への恐れが先に立ち、
比較が思考を支配し、
本来頼るべき身体感覚やリズム、
集中の質が見えなくなっていく。
この状態では、
たとえ勝ったとしても、
再現性のあるパフォーマンスは残りにくい。
ここで考えたいのは、
競争における
エンジンの掛け方の違いだ。
負けん気や悔しさといった、
外から注がれる
ガソリンのようなエネルギーと、
楽しさの中で
オートテリックに
モーターが自然に回り続けるエネルギー。
どちらが正しいかの話ではない。
これは、
今、自分がどこから動いているのか、
その立ち位置を知るための比喩だ。
今は、悔しさでしか
エンジンを掛けられない時期もある。
それでいい。
ただ、ガソリンをいくら燃やしても、
フロー状態には入りにくい
という現象がある。
競争とは、
相手を打ち負かすためだけのものではない。
共に探求する関係でいられるか。
そして、
いつ、どのエンジンの掛け方へ
移行していくのか。
競争の在り方は、
その問いを
私たち自身に投げかけている。
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福岡正一が大切にしている、5つの視点
― 競技・指導・人生に共通する在り方 ―
結果や正解を求める前に、
人がどこに立ち、どう在るか。
そのことを、5つの視点から綴っています。
① まだ見ぬ景色を共に探す
結果や正解ではなく、「共に在る姿勢」について書いています。
② 大舞台でこそ大胆に!!
緊張や恐れを消すのではなく、引き受けた上で立つ在り方について。
③ 選手の存在にフォーカスする
評価や結果の前に、存在そのものを見るという視点。
④ 指導者の実存的変容
指導法や正解ではなく、指導者自身の在り方が静かに変わっていく瞬間について。
⑤ 大一番でチャレンジできるかどうかは
幼少期の過ごし方で決まる
幼少期の体験が、大人になってからの挑戦にどうつながるか。
これらは、順番に読む必要はありません。
今、気になるものから辿ってみてください。

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