ー 変えるのではなく、還る
人はみな、気づいている。
装っていることに、気づいている。
それでも、
知らないふりをして装い、
周囲に同調しながら生きている。
変わらなければならない。
成長しなければならない。
もっと良くならなければならない。
そんな言葉に囲まれながら、
本当は気づいているものを、
見ないふりをする術だけが上手くなっていく。
実存的変容は、目指すものではない。
意識して起こすものでもない。
気づけば、
いつのまにか変容している。
それだけのことだ。
人は、自分のことしか扱えない。
他人も、環境も、世界も、どうすることもできない。
扱えるのは、
自分がどう在るか、
その一点だけだ。
海外でプレーすることが珍しくなくなってきた昨今、
多くのプレーヤーが、自己主張の壁にぶつかる。
日本では通っていた振る舞いが、
そのままでは通用しない。
言わなくて済んでいたことが、
言葉と態度で問われる。
もちろん、海外にも世間体や政治力は蔓延っている。
だが、日本的な遠慮による不完全燃焼は、存在しにくい。
素でいなければ、イジェクトされる。
取り繕ったままでは、生き残れない。
だから多くの選手が、
気づき、解放され、
のびのびとプレーし始める。
本を読み漁り、
情報をかき集める。
それは、穴を埋めるための回避行動かもしれない。
けれど、それ自体が悪いわけではない。
人は、向き合う準備が整うまで、
遠回りをする生き物だからだ。
瞑想をする。
イメージトレーニングをする。
資格を取り、スキルを学ぶ。
自分を変えようとして、
スキルに走る。
けれど、変わらない。
なぜなら、
瞑想すること、
イメトレすることそのものが、
目的になってしまっているからだ。
コーチとのセッションで、
自分をさらけ出す。
格好つけず、
正しさを守らず、
素の自分に気づき、
堂々と曝け出す。
そして、
自分の肉体で表現する。
そのプロセスの中で、
気づけば意識の変容は起こっている。
変えようとしたわけではない。
狙ったわけでもない。
ただ、還ってきただけだ。
僕がスポーツメンタルコーチングに惹かれたのは、
人を変えるためではない。
本人が、
自分の感覚に気づき、
素に還っていくプロセスに、
立ち会えるからだ。
僕は、カーテンを開けて過ごしている。
真似をする必要はない。
ただ、
そうしていたいだけだ。
僕が小さい頃、
各家庭の縁側は自然と開いていて、
外から気軽に声をかけられる空気があった。
風の音や、
人の気配が、
そのまま生活に入り込んでくる。
そこには開放感があり、
同時に、安心感があった。
閉じて守ることが、
必ずしも安全ではなかった時代。
僕は、
あの感覚に還って、
もう一度体験しているだけなのかもしれない。
僕らの中に自然に起こる感情や思いは、
思考ではなく、
理屈でもなく、
肉体を通してしか表現できない。
生き方として、
存在として。
変えるのではなく、
還る。
そして、
調和ではなく、融和。
誰かに合わせて整えるのではなく、
それぞれが素でいることで、
自然に出来上がっていく関係性。
素でいることから生まれるコミュニティへ、
僕らはもう一歩、
近づいているのかもしれない。
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福岡正一が大切にしている、5つの視点
― 競技・指導・人生に共通する在り方 ―
結果や正解を求める前に、
人がどこに立ち、どう在るか。
そのことを、5つの視点から綴っています。
① まだ見ぬ景色を共に探す
結果や正解ではなく、「共に在る姿勢」について書いています。
② 大舞台でこそ大胆に!!
緊張や恐れを消すのではなく、引き受けた上で立つ在り方について。
③ 選手の存在にフォーカスする
評価や結果の前に、存在そのものを見るという視点。
④ 指導者の実存的変容
指導法や正解ではなく、指導者自身の在り方が静かに変わっていく瞬間について。
⑤ 大一番でチャレンジできるかどうかは
幼少期の過ごし方で決まる
幼少期の体験が、大人になってからの挑戦にどうつながるか。
これらは、順番に読む必要はありません。
今、気になるものから辿ってみてください。

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