何が正しいかなんて棺桶に片足突っ込まないと分からないじゃない

― 正解を探すのを、今日だけやめてみる

 
この言葉は、
僕の前のマイコーチからもらった言葉です。

この言葉は、
迷いが生じたときに、今でもすぐに頭に浮かびます。


こんな僕でも、
チャレンジに二の足を踏んでしまうことがあります。

頭の中では、

失敗したらどうしよう。
間違っていたらどうしよう。
周りにどう思われるだろう。

そんな声が、
勝手に鳴り始める。

その正体をよく見てみると、
だいたいの場合、自責の念です。


僕の行動で、
また周囲を振り回さないか。
輪を乱さないか。

そんなふうに、
適合しようとする僕だって、
心の中に確かに存在しています。

ですので僕は、
様々なコンフロント体験の中で、
「自責がかなり強いタイプですね」と
よく言われます。


そんな時、
ふと浮かんでくるのが、
サッカーJ2福島の
三浦知良
キングカズ選手の言葉です。

彼は、
「誰のせいにもしない」
という文脈で語られることが多い。

でも、よくよく噛み砕くと、
あれは
自分を責めろ
という話ではありません。

他人のせいにしない。
でも、
自分のせいにも縛られない。


成長の過程で、
自分も含めて、誰かのせい、
何かのせいにしている人は、
成長していない状態なのだと、
僕は捉えています。

この距離感を、
キングカズ選手は、
ずっと保ち続けているように見えます。


考えてみれば、
「正しかったかどうか」なんて、
その瞬間には分からないことの方が、
圧倒的に多い。

挑戦した選択も、
引いた選択も、
時間が経ってから意味づけされる。

それなのに僕たちは、
今この瞬間に
“正解”を出そうとしすぎる。

そして、
出せない自分を責めてしまう。


でも、本当は、
こうなのかもしれません。

正しさは、
生き切ったあとにしか分からない。

だったら、
今できることは一つしかない。

「正しいかどうか」ではなく、
**「今の自分が選びたいかどうか」**で
決めること。


自責が強い人ほど、
挑戦に慎重になります。

それは、
弱さではなく、誠実さです。

僕の場合は、
自分を正誤で判断し、
周囲に適合しようとすると、
自信がなくなり、動きが鈍くなります。


だからこそ、
その誠実さを、
自他を縛るためではなく、
一歩踏み出すために使ってほしい。

何が正しかったかなんて、
棺桶に片足突っ込む頃に分かればいい。

今はまだ、
臆せず、選んでいい。

挑戦する資格は、
誰にだってあるのだから。


有名な
死ぬ瞬間の5つの後悔
(ブロニー・ウェア著)には、
こんな言葉が紹介されています。

  1. 自分に正直な人生を生きればよかった
  2. あんなに働かなければよかった
  3. 自分の気持ちを素直に表現すればよかった
  4. 友人と連絡を取り続ければよかった
  5. もっと幸せになることを自分に許せばよかった

今、
このブログを読んでいただいている間も、
時間は刻々と過ぎていきます。

直感に、
そして魂の声に従い、
動いてみる。

魂の声と肉体が一致したとき、
言葉にすることのできない瞬間に、
一人でも多く立ち会えるよう、
僕は寄り添い続けます。


何が正しいかなんて、
棺桶に片足突っ込まないと
分からないじゃない。

僕も、
そしてあなたも。

棺桶に足を突っ込んだときに、
間違いの選択なんて
存在しなかったことを
きっと知っている。


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福岡正一が大切にしている、5つの視点
― 競技・指導・人生に共通する在り方 ―

結果や正解を求める前に、
人がどこに立ち、どう在るか。
そのことを、5つの視点から綴っています。

これらは、順番に読む必要はありません。
今、気になるものから辿ってみてください。

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