競技に人生を賭けてきた人が、燃え尽きたあとに感じる「空っぽさ」。
バーンアウトを体験とメンタルモデルから紐解き、スポーツメンタルコーチの役割を考える。
バーンアウトとは、
止まった瞬間ではなく、
止まれなかった過去の蓄積だ。
これは、
今日のメンタルモデルの紐解きで
僕が得た理解だ。
寝ても覚めても高校野球だった小学生の頃。
友達ができるようにと入れられたカブスカウトの合宿で、
少年自然の家に泊まっていた夜、
就寝中、いるはずのない父親に起こされた。
「おい、甲子園行くぞ。」
そう囁かれ、
半分夢の中のまま連れて帰られた。
父の友人でもある藤本監督率いる
熊本工大高(現・文徳高)が甲子園初出場。
熊本工大は2点ビハインドで迎えた9回表に同点、
延長10回表に4点を入れての大逆転勝利。
それが、
テレビを含めて人生で初めて観た高校野球だった。
友達がプロ野球に憧れる中、
僕は地方大会のチームや選手を
すべて覚えてしまうほど、
高校野球にのめり込んでいった。
それから6年。
待ちに待った高校野球。
2年生の夏から最上級生となり、
東海大五(現・東海福岡)や
八幡大附属(現・九国大付)に完投勝ちするなど、
まずまずのスタートだった。
だが秋の大会、
2回戦でまさかのコールド負け。
投手陣4人に課されたのは、
1日500球。
スポ根漫画『キャプテン』に影響を受けていた僕だけが、
変化球を交え、
毎日全力で500球を投げ込んだ。
少しずつ、
肘が曲がっていく感覚。
それでも腕を振り続け、
日に日に
思い通りのボールが
投げられなくなっていった。
3年生の5月、
監督から打者転向を提案される。
父に相談したが、
答えはなかった。
だから最終的に、
打者転向は自分で決めた。
その夜、
僕は一晩中泣いた。
人は、
一晩中泣き続けることができる。
そして、
積み重ねてきたものは、
一瞬で形を変えることがある。
それを、
頭ではなく、
身体で知った夜だった。
夏の大会2回戦。
守備固めで途中出場。
相手は、
秋にコールド負けした小川工業。
そこで放った、
点数に絡むライト前ヒット。
今でも忘れられない一本だ。
ただ正直に言えば、
当時の僕がそこで
「競技は人生のすべてではない」
などと思えたわけではない。
当時の僕にとって、
野球は人生の一部ではなく、
人生そのものだった。
「競技は人生のすべてではない」
これは、
コーチングやメンタルモデルを学び、
人の内側の構造を理解するようになってから、
後になって言葉にできるようになった感覚だ。
監督に残ると伝えたあの日から、
3年生の夏まで、
僕は同級生に無視され続けた。
説明も、対話も、和解もないまま。
勝ったとか負けたとか、
そういう話ではない。
関係性が切れたまま、
競技が終わった。
だから僕の高校野球は、
終わったのではなく、
終われなかった。
未完のまま、
野球場を後にした。
大学卒業後、
父の影響でアマチュア野球の審判を志した。
社会人、大学、高校野球。
順調に大きな大会にも派遣され、
第50回大学野球選手権では
地方審判として初めて球審を任される。
だが30歳の時、
僕の尖りすぎた振る舞いと、
審判長だった父との公私混同を疑われ、
説明も整理もないまま、
グラウンドを追われた。
今日のメンタルモデルの紐解きで、
はっきりと気づいたことがある。
審判の世界を追われた、
あの出来事。
あの時が、
心が空っぽになった瞬間だった。
当時は理解できなかった。
ただ前に進むしかなかった。
だが、
出来事をメンタルモデルとして捉え直した時、
それが
抑圧と回避行動の始まりだったことが、
構造として見えてきた。
それ以降、
僕は会社の中で、
誰も解決しない問題を引き受け、
後輩や下請けさんたちの盾になるように振る舞った。
利他的と言えば聞こえはいい。
だが実際は、
必死に居場所を探していただけだった。
「影響力のある人間でいなければならない」
そう振る舞う自分と、
内側の空っぽさとのギャップ。
それが、
空洞化という苦しさになっていった。
コーチング、自己基盤、メンタルモデル。
どこに行っても、
「自分はどうしたいのか?」
その問いに、
僕は答えられなかった。
空っぽだから、
答えられなかった。
「自分には何もない」
それは事実ではなく、
**ビリーフ(思い込み)**だった。
人は欲求があるから生きていける。
欲求がある限り、
何もないわけがない。
あるものは、ある。
ただ、
見ていなかっただけだった。
人は、
肉体を通じて
さまざまなことを体験したい生き物だ。
数年前、
当時のマイコーチが言ってくれた。
「あなた、スポーツの世界に戻りなさい」
スポーツを通じて、
もっと多くを体験したい。
その欲求が、
確かに自分の中にあった。
そして今、
スポーツメンタルコーチの仲間が、
少しずつ増え始めている。
バーンアウトは、
壊れたサインではない。
止まらずに走り続け、
感じることをやめることで、
生き延びてきた結果だ。
問題は、
その状態に名前がつかないこと。
多くのアスリートや指導者が、
「弱いから」「甘いから」と片づけ、
自分を責め続けてしまう。
燃え尽きた人が、
あとから辿り着く学びだ。
だからこそ、
それを「後から」ではなく、
「今」気づいてもらうために。
競技が人生を壊さないように。
そして、
競技の先に人生が続いていくために。
それが、
スポーツメンタルコーチの役割だと、
僕は思っている。
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福岡正一が大切にしている、5つの視点
― 競技・指導・人生に共通する在り方 ―
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そのことを、5つの視点から綴っています。
① まだ見ぬ景色を共に探す
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② 大舞台でこそ大胆に!!
緊張や恐れを消すのではなく、引き受けた上で立つ在り方について。
③ 選手の存在にフォーカスする
評価や結果の前に、存在そのものを見るという視点。
④ 指導者の実存的変容
指導法や正解ではなく、指導者自身の在り方が静かに変わっていく瞬間について。
⑤ 大一番でチャレンジできるかどうかは
幼少期の過ごし方で決まる
幼少期の体験が、大人になってからの挑戦にどうつながるか。
これらは、順番に読む必要はありません。
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