今、知らなくていい。すべて、知らなくていい。

— ただ、体験をそのまま受け取る —

 

「考えるな、感じろ!」

こうした言葉を目にすることがあります。

私は、現場に立つ中で、
“感じること”の重要性をよく伝えています。

例えば、インプレー中。

この瞬間に、
感情の揺れはほとんど起こりません。

反応している状態だからです。

同様に、
いわゆる“ゾーン”に入っている間、
その人はゾーンを回想することができません。

ゾーンは、後からしか思い出せない。

つまり、

「今どういう状態か」を理解しながら進むことと、
「その瞬間を体験すること」は、
同時には起こりにくいということです。

人は、あとから意味づけをします。

あの一球は、
このためにあったのかもしれない。
成長の過程の一つのシーンだったのかもしれない。

意味づけは、
いくらでも後からできるものです。

だからこそ、

今は理解することよりも、
数多く体験することの方が大切になる場面があります。

感謝も、同じような構造を持っています。

今、この瞬間に感じる感謝もあれば、
時間が経って、はじめて気づく感謝もある。

その時はわからなくても、
後から振り返ったときに、
「あれはありがたかった」と感じること。

それは、後から意味づけられた感謝とも言えます。

ここで一つ、視点を変えてみます。

目標やありたい姿を可視化すること。

クレドを作る。
言葉を貼り出す。
日常の中で何度も目に触れるようにする。

こうした可視化は、
自分の内側にあるものを思い出すきっかけになります。

一方で、

すべてを見えるようにすることが、
必ずしも良いとは限りません。

例えば、
子どもを守るために学校のブロック塀をなくし、
スケスケのネットにすること。

あるいは、
何でも上司や先生、親に報告させること。

それは「可視化」であると同時に、
逃げ場のない規制にもなり得ます。

見えることが安心を生むこともあれば、
見えすぎることで、
人の余白を奪ってしまうこともある。

すべてを把握しようとするほど、
人は、自分で感じる機会を失っていきます。

だからこそ、

今この瞬間に必要なのは、
理解することではなく、受け取ることです。

うまくいったかどうかではなく、
何に触れたのか。

できたかどうかではなく、
何を体験したのか。

その体験そのものを、
そのまま認めてあげる。

こうした体験をそのまま受け取るためには、
安心していられる場であることも大切です。

我々コーチがつくる場には、守秘義務があります。
話されたことが外に出ることはありません。

だからこそ、
評価や正解を気にすることなく、
そのままの自分でいられる。

見せようとする自分ではなく、
整えようとする前の自分でもなく、

今、感じているものにそのまま触れることができる。

そうした環境の中でこそ、
体験は体験として受け取られ、
あとから意味が立ち上がってきます。

これは、やる側も、見守る側も同じです。

選手は、自分の体験をそのまま受け取る。

指導者や親は、
結果の良し悪しではなく、
その選手が何に触れたのかを見ていく。

評価ではなく、承認。

正解探しではなく、体験の共有。

振り返ったときに、わかることがあります。

「あの時は意味がわからなかったけど、
 今ならわかる」

だから、

全て知らなくていいし、
今、知らなくてもいい。

その代わりに、

この瞬間に触れているものを、
そのまま体験してみてください。

意味は、あとからいくらでもついてきます。


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