2002年と2003年でしたか。
MLBの審判学校に参加する機会がありました。
そこで渡されたルールブックですが、日本のルールブックの半分くらいの薄さだったのには少し驚きました。
僕の感覚だと、野球とBaseballみたいに、単純に英語表記の方が字数が多いという思い込みがあったのかもしれません。
参考までにお伝えすると、Baseball Rule Bookの他に、Definition(定義)という同じくらいの薄さの用語解説集もセットであります。
実際に目を通してみると、日本のルールブックにある【原注】は掲載されていますが、【注】はほとんどありません。
要は、
【注1】「もし〇〇の場合は」
【注2】「もし××の場合は」
【注3】「もし▲▲の場合は」
といった補足や注意書きです。
様々なケースを想定し、起こり得ることに備える。
日本人の強みと言えば強みでしょう。
一方で、その強みが行き過ぎると、
「何か起こるのではないか」
という恐れや不安、不信の中で過ごすことにも繋がります。
選手も審判も指導者も、本来のパフォーマンスを落とす要因の一つになり得るのではないでしょうか。
様々な著書では、88〜90%の心配事は現実には起こらないというデータもあります。
そうお伝えすると、多くの人は残りの10%に意識が向いてしまうから面白いものです。
競技を楽しんでいる人は、今を楽しんでいます。
もちろん、不安や恐れがないわけではありません。
ただ、先に起こるかどうかも分からない、まだ起きていないことに意識を向け続けていないだけです。
長くクライアントとダイアログを繰り返していると、
「福岡さん!やっぱり心配していたことが起こりました!」
と報告を受けることがあります。
心配していたことなのに、どこか予想が当たった喜びも混じっているのか、妙に饒舌です。
そこで、
「で、どうしたの?」
と尋ねると、
「あーやって、こーやって、何とか乗り切りました!」
という答えが返ってきます。
僕なりに要約すると、
突然降りかかってきた目の前の不条理に、
全力で向き合い、
できることをやり、
乗り越えた。
ただそれだけです。
素晴らしくないですか。
やる気が起きない。
体がだるくて動けない。
そんな時に、
ユニフォームを着てみる。
ランニングシューズを履いてみる。
とりあえずグラウンドへ行ってみる。
そんな話をよくさせていただきます。
心理学では作業興奮という言葉もあります。
始める前は重かったのに、動き始めるといつの間にか体が動き出す。
気が付けば終わっている。
先ほどのクライアントのお話も、どこかそれに似ています。
心配していたことが起こった。
けれど、起こった瞬間から動き始めた。
そして気が付けば乗り越えていた。
目の前で実際に起こったことに対して、人は思っている以上に力を発揮するものです。
一方で、
「もし失敗したら」
「もし嫌われたら」
「もし結果が出なかったら」
そんなまだ起きてもいない未来を思考し続けると、不安や不信はどんどん増幅していきます。
何も起きていないのに疲れてしまう。
何も起きていないのにエネルギーだけが削られていく。
そして、本来向けるべき今への集中力まで失ってしまう。
結局のところ、
心配していたことが起きても、多くの場合、人は何とかしています。
そして起きなかったことの方が、圧倒的に多い。
前に何かあった。
前に騙された。
前にも同じようなことがあった。
だからまた起きるかもしれない。
そうやって過去を根拠に、不信や心配を積み重ねてしまうことがあります。
けれど、本当に信頼するべきものは、相手でも未来でもないのかもしれません。
何かが起きた時。
たとえ何度も同じような目にあったとしても。
その度に向き合い、
考え、
動き、
乗り越えてきた自分。
信頼とは、
何も起きないと信じることではなく、
何が起きても乗り越えられる自分を信じること。
未来を信じるのではなく、
今を生きる自分を信じること。
信頼と不信の違いは、
過去や未来に囚われるかではなく、
今この瞬間の自分を信じられるかどうかなのかもしれません。
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