代わってあげたい

— 人の内的世界は引き受けられない —

癌になった父親を病院へ送る車の中で、涙を堪え切れずに横で泣きじゃくったことがあります。

「俺が癌になればいいのに」

本気でそう思っていました。

飼犬がジャンプの着地で腰を痛め、前足だけで歩くようになった時も、

「代わってあげたい」

と思いました。

お子さんが高熱を出した時、
苦しそうにしている姿を見て、

「代わってあげたい」

と思ったことがある方も多いのではないでしょうか。

きっと僕らはみんな、本当は知っています。

人の人生は、人の人生。
自分の人生と入れ替わることはできない。

どれだけ願っても、
どれだけ愛していても、
代わることはできない。

だけど、それでも僕らは手を差し伸べようとする。

助けたい。
守りたい。
背負ってあげたい。

そう思ってしまう。

それは綺麗事でも偽善でもなく、
人間の極めて自然の摂理だと思います。

だからこそ、
「変わってあげたい」という思いと、
「変わることはできない」という事実の間で、
人は苦しみます。

スポーツの現場でも同じです。

どれだけ優秀な監督やコーチがいても、
最後にプレーを選択するのは本人です。

蹴るのか、蹴らないのか。
パスを出すのか、打つのか。
前へ出るのか、逃げるのか。

その瞬間の選択を、
他人が代わりに引き受けることはできません。

恐れや怒り、不安や緊張も、
他人が背負って消してあげることはできない。

大舞台でも、
日常の小さな選択でも、
結局は自分で選び続けるしかない。

だから僕は、
快か不快かだけで選択するのではなく、

「どちらを選択したほうが、自分の人生がより良くなるのか」

という視点を持つことを提案しています。

もちろん、
その選択は簡単ではありません。

怖い。
逃げたい。
嫌われたくない。
失敗したくない。

そうした感情は自然に湧いてきます。

けれど、
その感情を無かったことにして、
正しさだけで人を動かそうとすると、
人はどこかで苦しくなっていく。

だから僕は、
安心してチャレンジできる場作りを大切にしています。

人の人生を代わりに生きることはできない。

だからこそ、
自分で選択できる状態へしなやかに戻っていけるようにサポートする。

その過程で、
多くの場合は「思い込み(ビリーフ)」が影響しています。

「失敗してはいけない」
「怒ってはいけない」
「期待に応えなければならない」
「ちゃんとしていなければ価値がない」

そうした無意識の思い込みによって、
自分で自分を縛っていることが少なくありません。

けれど、
それを外側から無理に壊すのではなく、
本人が自分で気づいていくことが大切だと感じています。

感情も同じです。

人は感情をすぐ評価したがります。

怒るのはダメ。
泣くのは弱い。
不安になるのは未熟。

だけど、本当にそうでしょうか。

例えば、
大声を出して周囲が引くほど取り乱してしまった時。

その場面だけを切り取って、

「短気は損気」
「感情的になるな」
「大人気ない」

と片付けられてしまうことがあります。

すると本人の中には、
さらに行き場を失った感情だけが残っていく。

だけど、
まず人は怒る生き物です。

怒りが湧くこと自体は、
悪ではありません。

その反面、ゲーム中に怒りに飲み込まれてしまうと、
良い結果は出ない。

この二つは、
分けて考えられることだと思っています。

怒ってしまったことを、
人格否定で終わらせない。

その奥にある、

悔しさ、
悲しさ、
怖さ、
守りたかったもの、
大切にしていたもの、

そうしたものを丁寧に見ていく。

周囲が引くほど取り乱した人に、
愛がないわけではありません。

むしろ、
強い思いや優しさを持っているからこそ、
うまく扱えずに溢れてしまうこともある。

だから僕は、
表面の行動だけではなく、
その人の存在そのものにフォーカスしたいと思っています。

人の内的世界を、
他人が完全に引き受けることはできない。

だけど、
そのまま居ていい、安心して自分を見つめられる場をつくることはできる。

スポーツメンタルコーチとして、
僕はそこに関わっていきたいと思っています。


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