3,000試合以上、野球の審判をしていると、本当にたくさんの学びがあります。
もちろん試合中は審判に集中しています。
けれど、元々は指導者を志していた僕にとって、試合そのものだけではなく、オープン戦の合間のランチ、移動中、グラウンド整備の時間、そうした“野球の周辺”で交わされる会話もまた、大きな学びでした。
関わったチームや選手の数だけ、指導者、責任教師、保護者、スタンドのファンの方々との会話がある。
これは、もしかすると他にはない、僕だけの貴重な体験なのかもしれません。
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今日は5月の中旬。
高校球児たちは、各地区の春季大会や招待試合を終え、オープン戦を重ねながら、夏の大会へ向けた最終段階へ入っていきます。
高校野球は、夏が終わると新チームが始動します。
ただ、秋の大会はどうしても「投手の良いチーム」が有利になりやすい。
野手は、まだ身体が追いついていないことも多いからです。
けれど、一冬を越えると景色が変わります。
体が大人に近づき、打ち返せなかった球を打ち返せるようになる。
投手も、身体の成長とともにボールの質が変わっていく。
すると、秋には結果が出なかったチームが、春から夏にかけて一気に上位へ食い込んでくる。
これは高校野球では、決して珍しいことではありません。
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そして、毎年のように感じることがあります。
「この選手、急に化けたな。」
そんなふうに見える瞬間があります。
けれど実際には、
“突然化けた”というより、
それまで積み重ねていたものが、
ある時、一気に表へ現れてきた。
そう言った方が近いのかもしれません。
本人の中では、
ずっと苦しみながら、
ずっと積み重ねながら、
周囲から見えないところで、
少しずつ変化が起きている。
ただ、それがある瞬間、
身体の成長や経験、
仲間との関係、
試合での成功体験、
様々なものと結びついた時に、
一気に表へ現れてくる。
周囲からは「突然」に見えるだけなのだと思います。
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たまにあるのが、
5月から6月にかけて、
急にチームがまとまり始め、
そのまま甲子園まで駆け上がっていくケースです。
夏直前までストライクが入らなかった投手が、
突然コントロールを安定させる。
甲子園までは届かなくても、
夏の大会で勝ち進むたびに、
少しずつ投手の表情やテンポが変わり、
気づけばベスト8まで勝ち上がっている。
そんな場面も、
これまで何度も見てきました。
もちろん、
技術的な成長もあるでしょう。
けれどそれだけでは説明できない、
「場」や「流れ」のようなものが、
確かに高校野球には存在しているように感じます。
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言葉には少し語弊があるかもしれませんが、
選手たちが、
監督の言葉を必要以上に重く抱え込みすぎず、
うまく自分たちなりに消化しながら戦っていたチームが、
夏だけ一気に力を発揮して甲子園へ行った。
そんな場面を見たこともあります。
今で言えば、
“自立”に近い状態なのかもしれません。
もちろん、
指導を軽視しているわけではありません。
ただ、
「怒られないように」ではなく、
自分たちで感じ、
自分たちで選び、
白球を追いかけていた。
そういう空気感です。
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ここでお伝えしたいのは、
人間的成長がどうとか、
立派な人格形成がどうとか、
そういう話だけではありません。
むしろ、
ただ直向きに白球を追っていたり、
高校野球を“人生のすべて”として背負い込みすぎず、
高校生活の一部として自然に楽しんでいたり、
そういうチームが、
結果として夏に勝ち上がっていくことも、
決して少なくなかったということです。
そしてそれらは、
生徒たち自らが気づきを得ながら、
極めてナチュラルに振る舞えていた状態であり、
いわゆる、
“オートテリック”
── 行為そのものへ没頭している状態 ──
がもたらした結果だったのかもしれません。
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だからこそ、
今、結果が出ていない選手も、
今、控えに回っている選手も、
今、秋に負けて悔しさを抱えているチームも、
そこで終わりではありません。
高校生は、
この時期に短期間で本当に変わる。
数ヶ月前まで打てなかった選手が、
夏には中心打者になっていることもある。
自信がなかった投手が、
突然マウンドで堂々と投げ始めることもある。
人は、変化の途中にいる時、
自分ではその変化に気づきにくい。
だからこそ、
焦って「まだ足りない」と決めつけすぎないこと。
積み重ねているものは、
自分が思っている以上に、
ちゃんと身体の中に残っています。
そしてある日、
周囲から「突然化けた」と言われる瞬間が、
やってくるのかもしれません。
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