— 人は生身である —
時代と共に、スポーツを取り巻く統計やデータは進化しています。
回転数、打球角度、スプリント速度、心拍数など、これまで感覚で語られていたものが、今では数値として可視化されるようになりました。
当然、それらを利用することは我々人間が進化していく上でも自然なことだと言えるでしょう。
データは多くの発見をもたらし、競技の理解を深め、トレーニングや戦術の精度を高めてきました。
1. 精度の高い感覚
一流の域を目指す鍛錬を積み重ねていくと、ミリ単位の感覚でパフォーマンス出来るようになっていきます。
ほんのわずかな重心の違い。
バットの角度。
踏み込みのタイミング。
そのような微細な感覚の積み重ねが、プレーの精度を少しずつ高めていきます。
日々の鍛錬の中で、その感覚は磨かれ、再現性も高まっていきます。
そして、その確率が上がってくると、まるで機械のように自己を信頼し、寸分の狂いもなくなったかのような錯覚が生じることもあります。
2. 人は生身である
しかし、人は機械ではありません。
当然、体調や心の揺れによって身体の感覚は変わります。
昨日まで感じていた感覚が、今日は少し違う。
思ったように身体が動かない。
そのようなことは、競技を続けていれば誰にでも起こるものです。
そして多くの場合、選手たちは「そんなことは分かっている」と言います。
しかし実際にその通りにならなかった時、人は思っている以上に揺れてしまうものです。
その戸惑いの中で感覚を見失い、そこから戻れなくなってしまうケースも決して少なくありません。
3. データを身体に変換する
データは進化し、テクノロジーも進化していきます。
しかし、プレーしているのは人間です。
データを自分の体に染み込ませるには、言葉の変換能力が必要になります。
データとして頭に入れたことを、肉体で表現する。
そしてそれを、実際のパフォーマンスに繋がる形へと変換していく。
その術を身につけていくことが、これからの競技者には求められていくのかもしれません。
人は生身であり、揺れることもあります。
そのことを分かった上で、データやテクノロジーを利用し、自分自身の可能性を高めていく。
それが、これからのスポーツの在り方なのだと思います。
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