装う人たち

— 〝風〟のループ —



これまでコーチングの世界に足を踏み入れてから10年以上、数え切れないほどの空間で学ばせていただきました。

いま、適合とパフォーマンスについて自己研究に明け暮れている私ですが、適合を紐解いていくと、学びの空間でのあるシーンを思い出します。

学び始めの頃、講師の言葉に

「分かる分かるー」
「私もー」

などなど、周囲のほとんどが頷いているのに、私はどこか気後れしていました。

そのことをセッション中コーチに伝えると、

「あんた、そんなこと気にしてんの?
人は見かけによらないねぇ。そんなのほとんど分かってないんだよ!」

と言われ、肩の力が抜けて楽になったことを思い出します。

装っている状態ではフロー状態(ゾーン)に入りにくい。
分かっていると思われたい、有名コーチに気に入られたい、と言う欲求から分かった〝風に〟を装うことは、結果を恐れてバットを振れない、シュートを打てないスポーツ選手と同じ感覚だと感じています。

私の〝風〟で言えば、大きい舞台など、いわゆる本番では装うことなく表現できますが、会社員時代は体育会系を引きずり、お金があまりない時でも後輩たちにご馳走していました。

これは面倒見のいい先輩を装っていたのだと思います。
そして正直に言えば、そう思われたかった自覚もあります。


学びはあくまで入口

私自身、今でも多くの場所で学び続けていますが、学びはあくまで入口です。

人は肉体を通してしか体験できません。

学んだことを教えたり発信したりする、いわゆるアウトプットにも意味はあります。
ただ、私が推奨したいのは、肉体を通して試みることです。

学ぶ。
そして試みる。

このループの中でしか、人は本当の意味で変化できないのではないでしょうか。

適合という視点で見ていくと、我が国の教育にも気になる点があります。

日本の教育では「考えること」は教えます。
しかし、感情をどう取り扱うかについては、ほとんど教えられていません。

そのため

自分の感覚はあるけれど、それを言葉にしていいのか。
その感覚に従って行動していいのか。

子どもの頃にそうした場面に直面し、無意識のうちに表現することを諦めてしまう人も多いのではないでしょうか。

すると、学んだ知識が自分の人生で活かされないまま、思考だけのループに陥ってしまいます。

学びだけでは、機械的な思考のループに入ってしまう。

学んだら試みる。


正直でいること

人は聖人君主のようには生きられません。

誰だって子どもの頃、お母さんにお小遣いをもらうために嘘をついたことはあるでしょう。

スポーツの試合でも、作戦をすべて明かすことはほとんどありません。

そこでよく聞く言葉に
「自分に正直になる」というものがあります。

私が大切にしているのは、そのさらに奥にある
魂の声に正直になることです。

学びをきっかけにスッキリして、表面だけをなぞるような会話では、一見すると自分と向き合ったように思えます。

しかし、それでは結局同じループを繰り返してしまいます。

自分の感覚を、体や言葉で表現してきていない人は多い。

そのため、魂の声にたどり着くのは、決して簡単なことではありません。


コーチへの適合と依存

上司によく思われたい。
親に褒められたい。

そうした適合と同じように、コーチによく思われたいという思いから、クライアントが装った発言をすることがあります。

前回のセッションで自分が決めた目標や行動をやれなかった場合など、正当化が始まったり、やった〝風〟の言葉を並べてくる人も少なくありません。

しかしコーチングセッションでは、仮に決めたことをやらなかった、またはやれなかったとしても、反省や正誤を問う場ではありません。

やらなかったことで

何を感じたのか。
何を得たのか。
何を失ったのか。

それを言葉にしていく時間なのです。

〝風〟が悪いわけではありません。

ただ、それがパフォーマンスに影響を与える現象です。

人は進化していきます。
しかし、勝負の厳しさと人の深層心理は、今も昔も変わりません。


コーチングセッションは、正直であるほど効果が出ます。
装っていると、その効果は出にくくなります。

〝風に〟のループから、
一歩外に出てみる。


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