強豪チームを引き継ぐということ

 

ある強豪校の指導者と話したとき、
ふとした言葉の端々に、迷いのようなものを感じました。

結果は出ている。
環境も整っている。

それでもなお、
どこか自由に振る舞えていない。

そのとき、浮かんだのが――

「伝統に、囚われている」

そう感じた瞬間でした。

もちろん、その方がどうこうではありません。

ただ、強豪チームを引き継ぐという構造の中には、
自然とそうなりやすい要素があります。

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完全な報酬型の構造の中にある。

結果、OB、前指導者、報道。

そのすべてが“評価”として積み重なっていく。

目に見えるものもあれば、
言葉にならない圧として存在するものもある。

そして、いつの間にか生まれる。

「我が校野球部は、勝ち続けなければならない」

この前提。

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現場のことは、現場の人にしかわからない。

外からの視点も重要ではある。

ただ、そこに結果や評価が重なったとき、
それは視点ではなく、“評価”として届く。

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報酬型の構造の中では、
ゾーンには、極めて入りにくい。

結果を取りにいった瞬間、
プレーはズレていく。

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人は、そこに適合していく。

ズレないように。
評価を外さないように。

一見、攻めているようで、
それは回避行動になる。

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前の組織を引き継ぐ。

いいところを残し、
そこに自分の良さを加える。

一見、理想的に見えるこの発想こそ、
最も危険です。

両方を成り立たせようとしたとき、
チームはぼやけていく。

結果として、どちらにも届かなくなる。

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監督も変われば、
選手も自然と入れ替わる。

それでも「同じであろう」とする。

そこに、無理が生まれる。

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そもそも、
自分と前任者は違う。

同じチームになることも、
同じ結果になることもない。

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就任当初は「チャレンジ」。

ただ、時間とともに
そこに「怖れ」が入り込む。

評価、結果、周囲の声。

それらを扱えないと、
やがて「あきらめ」に変わっていきます。

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伝統は、本来“積み上げ”です。

ただ、それが
「守るもの」になった瞬間、
チームは動きを止める。

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引き継ぐというのは、
守ることではありません。

一度壊し、
もう一度つくることです。

その過程で起こる葛藤や苦悩は、自然なもの。

だからこそ、
それを「いいプレッシャー」として扱えるか。

「よし来た」と言えるかどうか。

自分の感覚を信じる。

一つ一つ、
丁寧に築き上げていく。

その先にしか、
見えてこないものがあります。


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