あるがままを受け止めること

 

昨年の10月から、毎月1回の学びで茅ヶ崎を訪れています。
半年で6回もこの地を訪れるのも、偶然ではなく必然なのかもしれません。

当時は、天外塾で自分と向き合っていた時期でもあり、どこかで「意味」や「答え」を探しながら過ごしていました。

旅や仕事で得たご縁から、その街の風土を知り、親しむことが好きなので、毎回前後泊して茅ヶ崎をフラフラしています。
風土を知るといっても、本当に「フラフラ」と歩いたり走ったりするだけなんですけどね。

先週の木曜日、昼過ぎに茅ヶ崎駅に着きました。満腹だったので食事は取らず、高砂通りを海岸方面へ歩いてみました。
高砂緑地の中を奥に進んでいくと、少し高い場所に茅ヶ崎市美術館が見えたので、入ってみることにしました。

昨年末、あるきっかけがあり、子どもの頃から苦手だった美術の世界に「お客さん」として参加してみようと思ったばかりでした。
とりあえず入ってみよう、そんな感覚です。

僕は小さい頃から絵が苦手で、ほとんど描いてきませんでした。
正確に言うと、絵から逃げ続けて、まったく描かなかったと言った方がいいのかもしれません。

茅ヶ崎市美術館では「湘南を描く 入江観展」が開催されていました。
もちろん僕が知るはずもなく、入江観さんは日光出身で、茅ヶ崎在住の画家。作品はすべて風景画です。


描きたいから描く

美術館で僕が心がけたのは、作品の隣にある説明を読んでから作品を観る、ということを丁寧に繰り返すことでした。

山の頂上にある松の木、庭に植えられた松、砂浜に生える葉、行き交う船舶。
釣り人やサーファーなど、何でもないように見える日常が描かれています。

入江さんは「何でそんなものを描くの?」とよく言われていたそうですが、
「描きたいから描いている」という心の背景で作品を見ると、その強い意志やこだわり、自由な発想の源が、自然と伝わってきます。


意味もなくフラフラすること

入江さんの幼少期、友人の多くは遠方からのバス通学でした。
友人たちがバスで帰っていくと、強い寂しさを感じていたそうです。

その寂しさから、「寂しい」という理由だけで、時間があれば意味もなくバスに乗っていたといいます。

作品には自転車もよく登場します。これは入江さん自身のもの。
茅ヶ崎では自転車で市内をよくウロウロされていたそうですが、その行動に明確な意味はありません。

それでも、バスや自転車は、氏にとって重要な存在だったことが伝わってきます。


あるがままを受け止めること

「誰かの手で、こんなところに柵ができている」

作品の中には、海辺に突如作られた柵や、砂浜に咲く植物が描かれています。
そこには「誰かの手によって柵が作られた」「砂浜自体が減ってきている」といった言葉が添えられていました。

僕であれば、柵が建てられたり砂浜が減ったりすることで、自然が損なわれているという“評価”をしてしまいます。
けれど入江さんは、情景の変化に評価を加えず、そのままを楽しんでいる。その捉え方がとてもナチュラルで印象的でした。

今、僕が住んでいる福岡市の福岡城跡では、行政によって一部舗装工事が行われています。
僕は犬の散歩をしながら、砂利道が舗装されていくことに対して、心の中でネガティブな評価をしていました。

しかし、茅ヶ崎から帰った後、再びその場所を訪れたとき、
工事の様子を見たままに「行政が砂利道を舗装しているな」と呟き、ふと笑ってみました。

すると、人が意図して加えた変化であっても、そうでなくても、ただそこに起きている自然なことなのかもしれないと感じられ、理由のない心地よさが広がったのです。


あるがままでいること

僕は日頃から、意味もなく遠出をして「フラフラ」しています。
それは幼少期から変わりません。

小学生の頃、親からお小遣いをもらい「一人で行ってこい!」と全国を旅していたときは、「よく一人で行けるね、えらいね」と称賛されていました。

しかし大人になると、聞こえてくるのは
「暇だね」「何のために?」「お金は?」「意味がわからない」といった声ばかりです。

僕は歩いたり走ったり、移動しているときに多くのアイデアが湧いてきます。
実際、意味もなくウロウロしていることがほとんどですが、世間でいう「無駄」や「遠回り」「寄り道」の時間は、僕にとってはとても有意義なものです。

ただここ数年は、周囲のネガティブな言葉に自分を重ねてしまい、反応し、迎合しようとして、自分がよく分からなくなっていました。

社会的な意味はないかもしれない。
けれど僕にとっては、発想が湧き続ける大切な時間。

意味なんて特にいらない。
そんなことを、茅ヶ崎の町と入江さんの作品が思い出させてくれたように感じています。


僕だけの成功

僕は政治家でもなければ、プロ野球選手でもありません。
いわゆる社会的成功を収めているわけでもない。

けれど、小さい頃からチャンスがあれば躊躇せず挑戦してきたことで得た経験や、人並み以上に巡ってきた機会の多さは、もしかしたら僕だけの成功なのかもしれません。


競技の中で起こることも、同じようにただ起きている現象なのかもしれません。


茅ヶ崎市美術館は、2月6日から工事に入り、春先まで閉館とのこと。
暖かくなったら、また訪れてみようと思います。


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