— 揺れの中で見えてくるもの —
クライアントからのフィードバックで多いものの一つに、「安心感」と「違った視点」があります。
安心できる場の中で、これまでとは違う見え方に触れる。
それは、とても自然で、そして大切な時間です。
しかしながら、「違った視点」というのは、言葉で聞くほど簡単に受け取れるものではありません。
むしろ、多くの場合、人はそれをすぐには受け取れないものです。
けれど、それは決して悪いことではありません。
むしろ、とても自然なことです。
なぜなら、私たちはそれぞれの人生を歩み、その中で自分なりの見方や捉え方を育ててきたからです。
初めのうちは、
「そこからくる?」
「何で関係ないことを話しているんだろう」
そんなふうに、新鮮さとして受け取られることが多くあります。
けれど、しばらくすると、その感覚は変わっていきます。
違った視点に触れ続ける中で、次第に受け取ることが難しくなり、
怒りや苛立ちが芽生えてくる方がほとんどです。
これもまた、とても自然なことです。
むしろ、その怒りや苛立ちが出てきた時点で、コーチングは本格的に動き出します。
なぜなら、その感情の中にこそ、その人の願いが隠れているからです。
人は、本当に関係のないことには反応しません。
心が揺れるということは、どこかが触れているということです。
あるはずのものがない。
そうした痛みがあるからこそ、違和感や抵抗として現れてくる。
怒りや苛立ちは、排除すべきものではありません。
むしろ、その感情を味わい尽くすことで、不条理が学びへと変容していくのです。
例えば僕で言えば、いわゆる常識や前例を押し付けられると、どうしても受け取ることができませんでした。
マイコーチから
「コーチングで食っていくなら普通を覚えなさい」
と言われたことがあります。
けれど、その言葉を受け取れるようになるまで、5年以上かかっています。
当時の僕は、
「人目を気にしないこと」と
「自分が人からどう見えているか」
この二つを混同していました。
人の目を気にしない=自由
そう思っていた。
けれど実際は、自分がどう見えているかを理解することと、
人の目に縛られることは全く別の話だったんです。
それが分けられるようになった時、
少しずつ意識の変容が始まったように感じています。
視点が変わるとは、こういうことなのかもしれません。
同じ自分でありながら、
見ている場所が変わることで、選択が変わっていく。
行きたい場所があれば行き、やりたいことがあればやる。
そうやって生きてきた僕を見て、
自分も自由に振る舞いたい。
自由に旅したい。
そう感じる方もいるようです。
けれど、旅はチケットを買えば行ける。
時間は休暇を取ればつくることができる。
そういう話ではないのかもしれません。
自由に見えているものの裏側には、
その人なりの前提や捉え方があります。
そしてその前提こそが、
違った視点に触れた時に揺れる部分です。
だからこそ、受け取れない。
だからこそ、抵抗が生まれる。
けれどその揺れの中にこそ、
これまでとは違う景色に触れる入り口があります。
違った視点は、無理に受け入れるものではありません。
押し付けられるものでもありません。
ただ、
こういう選択もある。
こういう生き方もある。
そして、必要なタイミングで、
その視点は静かに立ち上がってくることがあります。
怒りも、苛立ちも、違和感も、
すべては何かを知らせているサインです。
そのサインの奥にあるものに目を向けた時、
見えてくる景色は、これまでとは少し違っているかもしれません。
私が自由に見えるのは、たくさん体験しているからだと感じています。
私は有名人でも富裕層でもないけれど、
一つだけ言えることは、人より失敗の数がかなり多いということかもしれません。
それが、いつしか学びとなり、場数となり、
余裕が生まれてくるのだと感じています。
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