なかったことにしない

 

個人のメンタルサイクルの中で起こる現象には、過去の体験や痛みが影響していることがあります。

時には、セッションの中で過去の出来事を取り扱うこともあります。

ただ、ここで大切なのは、
「過去を取り扱うこと」と「過去を引きずること」は、まったく別のものだということです。

今回は、その違いについて記してみようと思います。

引きずらない方法

過去を引きずらないためにはどうすればいいのか。

これは非常に感覚的な表現になりますが、
僕は、「抑圧しないこと」と「先延ばしにしないこと」が大切だと感じています。

とはいえ、試合中には次のプレーが待っています。

スポーツの現場では、
いつまでも一つのプレーに留まり続けることはできません。

だからこそ、切り替えが必要になります。

ただ、この“切り替え”の中でプレーヤーの内側に起こっていることは、人それぞれ違います。

心の取り扱い軸を持っている人は、
起こった事実を受け止めながらも、淡々と次のプレーへ進むことができます。

また、人によっては、
次のプレーに集中するために、一旦その感情を脇に置ける人もいるでしょう。

どちらが正しいという話ではありません。

けれど、
事実を受け止められず、現実に振り回され続ける状態になると、
一つ一つのプレーに不安や恐れが蓄積していきます。

すると、身体は少しずつ硬くなり、
判断は鈍り、
本来持っている力を発揮しにくくなっていきます。

そして気づけば、
「うまくいかない流れ」に飲み込まれていく。

スポーツの現場では、そういうことが実際に起こります。

試合中に起こった“不都合な現実”を、
なかったことにしない。

これは、とても大切なことだと感じています。

できれば、その日のうちに。

少なくとも、感情がまだ動いている数日の間に。

悔しかった。
怖かった。
情けなかった。
恥ずかしかった。
本当は逃げたかった。

そうした感情を、
「こんなこと感じてはいけない」と押し込めず、
なかったことにしない。

なかったことにすることを繰り返していると、
痛みは少しずつ蓄積していきます。

そして、
本当は終わっているはずの出来事を、
人は長い時間をかけて引きずり続けてしまうことがあります。

味わい尽くすとは、
ずっと落ち込み続けることでも、
自分を責め続けることでもありません。

自分の中で実際に起こっていた感情や反応を、
丁寧に感じてあげるということです。

そうすることで、
不都合な現実は、
少しずつ“学び”へと変わっていきます。

そして、
「次に同じことが起こった時、どう向き合うか」
という力へ変わっていきます。

ただ、最初のうちは、
“味わう”という感覚自体が分からないことも多いでしょう。

だからこそ、
一人で抱え込まず、
誰かと一緒に取り扱うことには意味があります。

安心して言葉にできること。

安心して感情を出せること。

安心して、
「こんなことを感じていたんだ」と認められること。

そうした場があることで、
人は少しずつ、
なかったことにしていた感情に触れられるようになります。

安心して向き合える場をつくること。

そして、
一人では触れにくい感情を、
安心して味わえる空間を提供すること。

それもまた、
スポーツメンタルコーチとしての役割のひとつだと感じています。

人は、
「あるはずのものがない」ときに、
痛みを感じます。

あるはずだった優勝旗が、
試合後、自分たちの手元にない。

あるはずだった結果。
あるはずだった未来。
あるはずだった景色。

その現実を前にした時、
人の心は大きく揺れます。

だからこそ、
その痛みを、
なかったことにしない。

本当に辛かったその時間を、
ちゃんと感じてあげる。

それは、
前に進めていない時間ではなく、

これから先、
不都合な現実を受け止めながら生きていくための、
大切な時間なのだと思います。


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