大舞台でこそナチュラルに

 

 

「大舞台で自然体でいましょう」

そう言われても、

「いや、それができたら苦労しないよ」

そんな声も聞こえてきそうです。

実際、僕自身も昔は、
もっと自然にやればいいのに、と簡単に考えていた時期がありました。

けれど今は、
“自然体”というものは、
技術だけでは辿り着けないものだと感じています。

⸻

例えば、僕にとって野球は、
後から頑張って好きになったものではありません。

子供の頃から、
父親のオープン戦や公式戦に付いて行き、
帰宅したら家で素振りをして、
バッティングセンターに行き、
野球の本を読み漁り、
友達との遊びも野球でした。

寝ても覚めても野球。

だから今でも、
グラウンドに入ると、
自然に“野球人”になれる。

年に一度主催している少年野球大会でも、
一歩グラウンドに入れば、
特別に気合いを入れなくても、
自然に審判になっている。

モチベーションやテンションに左右される前に、
そこにいること自体がナチュラルなんです。

⸻

だから昔は、

「もっと自然にいればいいのに」

と、他人にも簡単に思っていました。

ただ、コーチングを学び、
様々な選手たちと関わる中で、
それがどれだけ乱暴な見方だったかに気づきました。

僕は感情の読み取りや、
本質を見抜くことが比較的得意です。

だからこそ、
クライアントがうまくいきそうな時、
無意識にコントロールしようとしていたこともあります。

今となれば、
申し訳なさも感じています。

⸻

学術的に語り始めると深くなるので、
ここではシンプルに書きますが、

人によって、
“ナチュラル”の源はまったく違います。

僕のように、
競技そのものが人生の軸になっている人もいれば、

「将来は医者になる」というビジョンの途中で、
たまたま出会った野球に全力を注いでいる人もいる。

そこまで好きではなかったけれど、
気づけば周囲より上手くて、
4番でピッチャーだった人もいる。

友達ができるようにと、
親に勧められて始めた人もいる。

兄や姉がやっていたから、
なんとなく始めた人もいる。

競技との出会い方は、
本当に人それぞれです。

⸻

だからこそ、

「自然体になろう」

よりも先に、

「自分はなぜここにいるのか」

を紐解くことが大切なのだと思っています。

どこで競技と出会い、
どんな感情を抱き、
何を感じながら続けてきたのか。

そこを見つめ直していくと、
より正確なスタートラインに立ちやすくなる。

そしてその先に、
その人にとっての
“ナチュラル”が見えてくる。

⸻

大事な場面で、

「どう打てばいいか」
「どう蹴ればいいか」

試合終了間際、
僅差でのフリースロー。

「どうすればいいか」

を考えている時点で、
そうはなりません。

フロー(ゾーン)も同じです。

ゾーンに入ろうとしているうちは、
そうはならない。

自然体になろうとしているうちは、
まだ自然ではない。

⸻

自分の肉体を通じて、
競技を通じて、

何を表現したいのか。

どんな時間を生きたいのか。

そこに還っていくこと。

そして、

試合でも、
練習でも、
プライベートでも、

安心してナチュラルでいられること。

気軽にチャレンジできること。

失敗しても、
また自然に戻ってこられること。

⸻

いつでもナチュラルに。

みんなが、
素のままで存在できる。

そんな世の中を、
僕は作っていきたいと思っています。


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