楽しむ

— 忘れていた感覚 —

「あなたの楽しむ方法は?」
「あなたにとって楽しいとは何ですか?」

こうした問いを向けると、意外と答えが出てこないものです。
中には、答えが出てこないことで苦しくなる人も少なくはありません。

これは、楽しみがないのではなく、
ただ出てこないのでもなく、
長い時間をかけて抑圧してきた結果なのだと思います。

その背景にあるのは、
「大人にならないといけない」という思い込みです。

30歳になったばかりの頃、
アメリカの審判学校に行きたくて英会話に通っていました。

ある日、飲み会の席で僕が
「おれ、中々大人になれないんだよなー」と言ったんですね。

すると先生のジャスミンが、笑いながら
「me too!」と答えて、続けてこう言いました。

「don’t be adult! 大人になんてならないわ!」

その時、何か居心地が良かったことだけを今でも覚えています。

肯定されたとか、理解されたとか、
そういうことではなくて、
どこかで抑えていたものが、少しだけ緩んだような感覚でした。


誰しも子供の頃、何かと出会って、
何も考えずに楽しんでいたことがあるのではないでしょうか。

鬼ごっこやママごと。
自転車で遠くまで行ったり、
スポーツや釣り、絵画、書道などの芸術。

そこには理由も説明もありません。
意味もなければ、評価も関係ない。

ただ、その時間の中に入っている。
それが「楽しむ」という感覚なのだと思います。

楽しむというのは、
子供の頃のままの感覚のことなのかもしれません。

そのままでいればいいのに、
大人になっていく中で、
楽しめなくなり、楽しいが分からなくなる。


昨年の10月から約5ヶ月間学んでいたスポーツメンタルの仲間には、
かなりのハイレベルなステージで活躍していた20代の人たちもいました。

その中で、試合についてのイメージを尋ねたとき、
「楽しくない」と答えた人がほとんどだったのには、少し驚いたんですね。

本来、夢中になっていたはずの世界で、
楽しむという感覚が薄れている。

けれど、それも特別なことではなく、
むしろ自然なことなのかもしれません。

成果や評価、責任や意味。
そういったものを背負いすぎた結果、
本来の感覚が奥に押し込まれていく。


だからこそ、楽しむというのは、
新しく身につけるものではなく、
もともと持っていた感覚を思い出していくことなのだと思います。

そしてそれは、
行為の目的が結果や報酬ではなく、
行為そのものの中にある状態。

いわゆるオートテリックな在り方にも、
自然とつながっていきます。

僕のコーチングマインドの中に、
「変えるのではなく、還る」という考えがあります。

何かを無理に変えようとするのではなく、
もともとあった感覚や在り方に還っていく。

楽しむということも、同じなのかもしれません。

無理に「楽しむ」を探したり、
言葉にしようとして苦しむよりも、
ただ童心に還ってみる。

本当は、みんなどこかで分かっている。
けれど、それをやらない。

なぜなら、僕たちは“適合”の世界の中で生きているからです。

周りに合わせること、
正しくあろうとすること、
期待に応えようとすること。

その中で、本来の感覚は少しずつ奥へと押し込まれていく。

だから楽しめなくなる。
だから、分からなくなる。


最後に、楽しむということについて。

don’t be adult!

童心に還ること。

本当は、分かっているはずなんです。

それでも、僕たちは大人になろうとする。

だから、遠ざかっていく。

楽しむとは、
思い出すことなのかもしれません。


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