ジャッキーロビンソンデー

 

父親の野球への探究心の影響で、
14歳の頃からメジャーリーグを見るようになりました。

当時は、
オークランド・アスレチックスが強く、
そこからずっとファンです。

ある日、試合を見ていると、
選手たちが皆、同じ背番号をつけていました。

「42」

なぜ全員が同じ番号なのか。
その時、初めて知りました。

ジャッキー・ロビンソンという存在を。

そして今もなお、
そのメジャーリーグには、
毎年4月15日、特別な日があります。

今日は、ジャッキー・ロビンソンデーです。


ジャッキー・ロビンソン
1947年4月15日、彼はメジャーリーグの舞台に立ちました。

それは単なるデビューではなく、
それまで当たり前とされてきた境界線を越える出来事でした。

当時のドジャースGM、
ブランチ・リッキー は、
彼にこう問いかけます。

「やり返さない勇気はあるか」

ロビンソンは一度、こう返します。
「やり返さない臆病者が欲しいんですか?」

それに対してリッキーは言いました。
「違う。やり返さない“強さ”を持った男が欲しいんだ」


ここで起きていることを、
少しそのまま見てみたいと思います。

そこには、不条理があります。

理由なく浴びせられる言葉。
実力とは関係のない扱い。

道徳的には、差別は間違っている。
それでも、現実には起きていた。

正しいことと、起きていることは、
必ずしも一致しない。


不条理をなくしていくことと、
不条理が実際に降りかかることは、別である。


僕自身も、MLBの審判学校にいたとき、
ほとんどの仲間には良くしてもらいました。

それでも、短い滞在の中で、
いくつかの違和感や、差のようなものを感じた瞬間はありました。

ただ、それを誰かの問題として切り分けることは、
どこか違う気もしています。

自分自身もまた、
無意識や心が揺れているときに、
同じようなことをしてしまっているかもしれないからです。


不条理は、特別な場所にあるものではありません。

むしろ、どこにでもある。
そして、誰の中にもある。


だからこそ問われているのは、
それがない世界を待つことではなく、

その中で、どう在るか。


やり返すでもなく、
押し殺すでもなく、

そのエネルギーを、どこに通すのか。


初めての一歩とは、
何かを始めることではなく、

不条理の中で、
自分を選び続けることなのかもしれません。


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