現代は、先人の恩恵や文明の進化によって、あらゆるデータが蓄積されています。
その結果、多くのことがパターン化され、「こうすればうまくいく」という型が至るところに存在しています。
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例えば高校野球を見ていると、
どのチームも似たような投げ方、打ち方、バントの仕方に見えることがあります。
このこと自体に、善し悪しがあるわけではありません。
メリットとしては、全体の底上げがなされ、
一定の基準の中で試合を楽しめる選手が増えている点でしょう。
一方で、どこか個性が見えにくいという側面もあります。
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この構造は、学校のテストにも似ています。
赤点を取らない。
かといって、突出もしない。
30点から70点の範囲に収まる、
いわゆる「ふつう」に適合する力。
それを育てるには、とても優れた仕組みです。
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ただ、ここで一つ問いが生まれます。
その“ふつう”の中で、
自分のプレーや行動を、どう捉えているのか。
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ハッと驚くひらめきというコラムでも触れましたが、
競技のステージが上がるほど、
ゲームプランなどの原則だけでは、
調子の良いときには勝てても、
勝ち続けることは難しくなります。
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日本人は、勤勉で真面目です。
パターンが示されると、それに適合しようとする力が強い。
本来は武器であるはずのその特性が、ある局面では別の形で現れます。
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うまくいかなかったとき、
「なぜできなかったのか」と振り返る。
その過程で、“反省の念”が生まれる。
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反省が深くなるほど、
いつの間にか対象は行動ではなく、自分自身へと向かっていきます。
そして、自分を責めることが始まる。
気づかないうちに、
すでに負のループは始まっています。
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さらに現代は、情報が溢れています。
正解とされるプレーや思考、習慣。
それらは簡単に手に入る時代です。
情報が多いこと自体は、強みでもあります。
選択肢があるということは、それだけ可能性が広がっているということでもあります。
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しかしながら、
選択肢が増えるほど、人は悩むようになります。
どれも正しそうに見える。
どれも間違っているようにも見える。
その中で、一つを選ぶということ。
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それは、「覚悟」として現れます。
その選択に伴う、ドキドキ感や重圧。
それを、僕自身はどこか楽しんでいる感覚があります。
ただ、これはあくまで一つの反応であって、
不安として感じる人の方が多いのかもしれません。
どちらが正しいということではなく、
ただ、そう反応しているという事実があるだけです。
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多くの情報やメソッドは、
その時の成功体験をもとに作られていることがほとんどです。
後から整理されたものだからこそ、正しく見える。
これは、ごく自然なことです。
それらを参考にし、
自分に合うものをモデリングする。
その入り方自体は、良いきっかけになることもあります。
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ここでお伝えしたいのは、
少しだけ言葉の扱い方についてです。
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同じ行動でも、
「あの時のプレーを反省する」のか、
「あの時のプレーをふりかえる」のか。
もしかすると、
行動そのものを“反省する必要はない”のかもしれません。
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さらに言えば、
「なぜできなかったのか」と問うのか、
「次にどうすればいいか」と問うのか。
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問いの向け方ひとつで、
意識が向かう方向は変わっていきます。
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この違いは、思っている以上に大きいかもしれません。
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もし、競技場でもプライベートでも、
ネガティブな言葉が出てきたとき。
それを無理に消そうとせず、
一度そのまま受け止めてみる。
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その上で、
ほんの少しだけ言い換えてみる。
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たとえ無理やりでも、
ポジティブなセンテンスに置き換えてみると、
見え方が変わることがあります。
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「反省」という言葉には、
どこかネガティブな響きがあります。
気づかないうちに、
“良くなかったもの”として、脳に残っていく。
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たとえ解決できたとしても、
その場面自体が、重たい記憶として残ることがあります。
そして、似たような状況が訪れたとき、
身体がわずかに固まる。
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一方で、「ふりかえり」と捉えた場合。
それは、出来事をなぞるような感覚に近く、
どこか“経験”として整理されていきます。
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同じ場面でも、
そこから得られるものが、少し変わってくる。
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ほんの小さな違いですが、
次の反応に影響を与えているかもしれません。
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現実を変えようとする前に、
まず事実に触れる。
その上で、
その人自身が持っている力で、現実を乗り越えていく。
そういったサポートを、僕は大切にしています。
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