熊本地震。
まだ10年前の地震の記憶が鮮明ななかで、再び起こる。
僕が暮らす福岡の筑前町でも震度4。けっこう長く揺れました。
母親が住んでいる熊本市繁華街のマンションは、当初は大丈夫そうでしたが、夕方から夜にかけて安全上の理由でエレベーターが停止し、22時過ぎには水道も止まったので、母親を筑前の僕の家へ連れてきています。
いまだに水道が開通せず、車中泊を余儀なくされている方もおられます。
皆さまが無事でいることを願うばかりです。
2011年3月。
会社員時代の東日本大震災の時、僕は数十億の赤字をうちそうな他部署工事の陣頭指揮のため、福岡県八女市にいました。
未曾有の震災が起こってしまうと、第二のライフラインと言われる電話工事部隊は、人の安否確認、電気・ガス・水道の第一ライフラインの仮復旧が終わると、震災が起こっておおよそ10日〜2週間ほどで復旧工事の応援要請があります。
全国から八女に集まってくれた工事会社の方々も、
「福岡ごめんな。要請が来たら途中で帰らんといかん」
と雑談していたものでした。
しかし、3〜4週間経っても要請は来ません。
なぜかと上司に尋ねると、東北の震災は津波による水害で人が流され、安否の確認が進んでいないとのことでした。
そして僕の元へは若い社員が、
「僕たちはここでこんなことをしていていいのですか?」
と何人も訴えてきます。
さすがの僕も、返す言葉がありません。
正義感が強く優しい後輩たちばかりでしたので、何か手助けをしたかったのでしょう。
ある日、社長がパトロールで来られました。
現場を車で案内し、お昼をとっていた時に、そういう若い社員がたくさんいることを伝えました。
すると社長が、
「応援要請は必ず来る。その時まで歯を食いしばって目の前のことに取り組んで、要請が来た時に助けられる力を蓄えておくことが我々のビジネスだ」
と仰ったことが、今でも節目で頭に浮かびます。
そこで、スポーツもビジネスだよな、ということを考えながら過ごします。
すると当時の渡邉恒雄さんが、
「プロ野球は野球をやってお金を集めろ!」
と号令をかけていました。
一方、実際に被災にあった東北楽天ゴールデンイーグルスをはじめとして、「こんな時に野球なんてできない」と固辞する声明。
反面、サッカーは新旧の名選手を一夜に集め、多額の寄付をしたと聞きました。
お笑い芸人のサンドウィッチマンさんは、泣きながらお笑いコントをしてお金を作る。
僕がお伝えしたいのは、被災した人たちに、実際に痛ましいものを目の当たりにした人たちに、震災直後から野球をやれという話ではありません。
動線があれば、進む。
こういった時のスポーツの強みとは何か。
お盆に僕が主催している少年野球大会にも、今回の震源地となった小川町のチームが出場します。
もちろん、それぞれに置かれている状況は違います。
それでも僕は、こういう時に子どもたちの本当の笑顔までなくなってしまうことを恐れています。
復興もままならぬ東北の地に、野球やサッカー、卓球、様々なスポーツを通じて、有名選手と地元の人たちが被災地の空き地で笑顔で戯れている光景を見る。
自粛せざるを得ない人を除いて、動線がある以上、人生は動いているのだと実感します。
止まらざるを得ない時もある。
それでも、そこに動線がある限り進む。
地元熊本の方々の安否と、一日も早い復興をお祈り申し上げます。


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