ルールと戦わない

〜エネルギーマネジメント〜

ユニフォームを着ている時に、抗議などによってルールと戦うことは、あまり意味をなしません。

もちろん、感情が動くことはあるでしょう。

けれど、プレー中にルールそのものを変えることはできません。

変えられないものにエネルギーを使えば、その分だけ本来向けるべき集中力や判断力が削がれてしまいます。

ルール変更は、プレーヤーやチームを問わず影響を及ぼします。

オリンピックでは、柔道やレスリングなどで大会直前にルール変更が行われ、結果が出にくくなったこともありました。

高校野球でも似たような場面がありました。

日本ハムの清宮幸太郎選手が早稲田実業時代、日大三高との関東大会決勝戦だったでしょうか。

延長戦となり、両チームが14点、15点と取り合う壮絶な試合の模様がスポーツニュースで流れていました。

これはルールではありませんが、その直前の選抜大会では投手の酷使が大きくクローズアップされ、名将でさえも世論に順応した結果だったのかもしれません。

それまでは続投していたような場面でも継投策が取られ、普段は投げない投手たちが次々とマウンドに上がる。

僕からすると、

「そりゃそうなるでしょう」

という感覚でした。

ルールや環境が変われば、当然ながら起こる現象も変わります。

かつて、K-1対プロレスの異種格闘技戦が話題になった時期がありました。

その際、プロレスラーの武藤敬司さんが、

「K-1の選手が蹴り倒すか、プロレスラーが締め落とすか、中途半端なルールで引き分けるか。それで何が面白いの?」

という趣旨のコメントをしていたことが印象に残っています。

勝負事とは、決め事の上に成り立つものです。

ルールが変われば、大きな影響を受けることもあります。

一方で、同じ条件の中でどう対応するかによって、結果は大きく変わることもあります。

コロナ禍では、プロ野球は時短のため延長10回までという特別ルールを採用しました。

結果論ではありますが、その年はセ・リーグで東京ヤクルトスワローズ、パ・リーグでオリックス・バファローズが優勝しました。

どちらも前年最下位だったチームです。

このことは大きく取り上げられることなく流れていきましたが、審判出身のスポーツメンタルコーチである僕には、とても興味深く映りました。

コロナ禍で言えば、無観客試合も印象的でした。

大観衆の中では力を発揮できなかった選手が、静けさの中で逆に集中でき、パフォーマンスを上げて現在の地位を築いた人も少なくはないでしょう。

これは、人としてコロナ禍を憂うこととは別に、競技の中での話です。

競技場の中で、目の前にあるルールや環境を最大限に利用できる感覚の賜物でしょう。

ある日突然、今までとは違う環境に置かれた時、変化を憂うよりも、

「よし、今だ!」

と感じて行動できる古い脳の感覚を日頃から磨いておけば、目の前に突然現れるチャンスにも力まずスッと入り込めるかもしれません。

シンプルに考えれば、ルールはただの決め事です。

ただ、心身ともに日々限界まで追い込んでいるアスリートからすれば、0.1ミリのズレが感覚を変えます。

このことに答えはありません。

だからこそ、いつどんな状態でも力を発揮できる体・技・心の準備が重要になってきます。

チクセントミハイは、

「スポーツとは制限を楽しむもの」

と説いています。

ルールという制限も、時代とともに進化していきます。

ユニフォームを着ている時は、決められたことと戦うよりも、その条件の中で最大限の力を発揮することにエネルギーを使いたいものです。

一方で、シーズンオフや競技外では、当事者としてルール改正に参加し、より良い競技環境をつくっていくことも大切な営みではないでしょうか。

変えられないものと戦うのではなく、変化した環境に順応し、自分たちができることにエネルギーを注いだチームが結果を手にした。

そんなふうにも見えるのです。


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