人には気づく力がある

 

今年ももう6月です。

ある6月に学んだことを、ふと思い出しました。

昨日、エグゼクティブの方とのセッション中、ある話題になりました。

社内メンターの方との面談で、

「相手がなかなか心を開いてくれない」

という悩みを、そのメンターの方が抱えておられるというお話です。

そのエグゼクティブの方は、

「それなら、私がその相手の方とも面談してみようか」

と仰られていました。

その時、ある6月の出来事を思い出しました。

私は2009年の秋から、若生先生が変わられた後の2015年途中まで、九州国際大付属高校野球部の専属審判として、土日祝すべてのオープン戦の球審を務めさせていただく期間がありました。

九国での学びは数多くありますが、その中でも今でも時々思い出す出来事があります。

2011年春、東日本大震災直後に開催された選抜甲子園で、惜しくも日大三高に敗れたものの、九州国際大付属高校は準優勝という結果を収め若松へ帰ってきました。

私は一回戦を観戦に行きましたが、九国の前の試合が、若生先生の母校であり、被災された東北高校だったこともあり、言葉にするのは難しいのですが、チームの入れ替えを見ながら印象的に捉えていたのを思い出します。

バッテリーとレフト以外は2年生主体のチームでした。

彼らの異変はとても分かりやすく、明らかなバーンアウト状態でした。

2年生のほとんどが、どこかふわふわした状態で、プレーにも身が入っていません。

これは準優勝で調子に乗っているのではなく、ゾーン状態の後遺症と言いますか、夢から覚めていないという表現の方が近いのかもしれません。

それは5月になっても、6月になっても変わりません。

このままだと、正直、夏は初戦敗退もあり得るような雰囲気すらありました。

いつもは機微に敏感で、凡事徹底に厳しく、気のないプレーをした選手を見逃さない若生先生。

しかし、その間、先生はあえて何も言わず、見守っておられたのが印象的でした。

そして、夏の大会まで1か月を切ったある6月中旬。

彼らは元に戻っていました。

いや、元に戻ったというより、

甲子園準優勝直後の浮ついた状態が消え、本来の彼ららしさが戻ってきたように見えました。

途中で何があったのかは分かりません。

僕に分かったのは、大会後に彼らに起こった現象と、その現象をあえて見守っていた若生先生のお姿です。

彼らはその後、夏の県大会を一回戦から決勝戦まで危なげなく勝ち進み、甲子園出場を決めます。

その頃の僕は、まだコーチングのコの字も知らない時期でした。

だから当時は、

「なぜ若生先生は何も言わないのだろう」

そんなことを考えていたように思います。

しかし、コーチングの世界に入り、自分自身と向き合い続けてきた今なら、あの時の若生先生のお姿から学んでいたことが少し分かるような気がしています。

コーチングの世界に入った頃は、

「相手のために」

というマインドが抜けず、つい答えを出してしまうことも多くありました。

頭では分かっていても、行動してしまう。

ただ、これまでコーチングスキルよりも、様々なアプローチを通して自分自身と向き合い続けてきたことで、

私も含めて、人は自分で気づくことができる。

そんな学びと経験がリンクし、知識ではなく感覚として、僕の体に染み込んだ状態になりました。

そして、そのことがクライアントの喜びにも繋がっていると、確信できるまでになりました。

人は自分で気づく力を持っている。

これが、僕のコーチングマインドです。


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